2018年8月22日水曜日

生態系の熱帯化:藻場が狭まり、サンゴ群集が拡大する

渾身の論文がPNAS(米国科学アカデミー紀要)出版になりました(プレスリリースも出ました):
Naoki H. Kumagai, Jorge García Molinos, Hiroya Yamano, Shintaro Takao, Masahiko Fujii, Yasuhiro Yamanaka (in press) Ocean currents and herbivory drive macroalgae-to-coral community shift under climate warming. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America.
(https://doi.org/10.1073/pnas.1716826115)

研究内容や説明についてはプレスリリースに譲りますが、以下は書き切れなかった、もう少し個人的な部分や苦労についてメモしておきます。

研究開始から約5年、初投稿から1年9ヶ月も掛かった大作です(Nは1ヶ月でエディターキック、Sの査読まで進んだものの手が届かず、PNASで2回の改訂ののち受理)。これまでに培った、移動分散、メタ個体群の考え方、データベースの構築、多くの観察データを集めて用いる統計モデリング技術、ベイズ推定、GISなど、全てを込めました。

この論文では、主に1950〜2015年の、数多くの地道な観察記録(439文献、22,253調査記録)をしらみつぶしに探索し、観察年・位置情報を付加した上で、45種の生物種ごとの日本国内の分布変化を網羅しました。私はおもに海藻と魚類の分布変化記録の収集と整備を担当しました(サンゴも一部だけ)。興味のある方はSupporting InformationのFig S2を見ていただけると45種の個々の分布変化が分かります。
お陰で日本のあらゆる海岸線の地名には詳しくなり、市町村合併や海岸線の変化(埋め立て)の歴史も垣間見ました。

この論文ではさらに、藻場を構成する海藻や、より南方から分布を拡げてくる造礁サンゴ、海藻を食害する魚類の分布変化速度を指標として、藻場とサンゴ群集の分布変化を解析しています。気候変動影響のもとで、海流の輸送といった大スケールの物理的要因および魚類による海藻の食害といった生物間相互作用が組み合わさることで、観察された分布変化をモデルによってうまく再現できることを示しました。これらの解析・モデルを最終的な形態にもっていく過程では、共著者の皆さまに大きく助けていただきました。この研究を通じて、私自身のモデリング技術、GIS技術とその理解も大きく向上したので、実によい勉強機会になったと思います。

PNASなどのshort formatスタイルは限られた字数の中に、必要なことを凝縮しつつ、しかも読みやすくしなければならないという、実際やってみると非常に難しい作業でした。字数が短い=簡単と考える人も居るかもしれませんが、記述的な新発見の論文でもない限り、short formatの論文の執筆はフルペーパーを書くよりはるかに難しい(あるいは慣れていないと難しい)作業だと感じました。これについても論文を改訂する過程で共著者の皆さまには大きく助けていただきました。自分自身の文章力も向上できたと思います。

この論文で述べたように、今後の日本の温帯藻場は温暖化の直接的影響だけでなく、魚類やウニなどの摂食圧の影響がいっそう深刻になると予想されます。またサンゴの分布拡大も気候の変化速度よりも遅いため、海藻藻場もサンゴ群集も何かしら人の手を加えて保全する手立てを考えていく必要があると思います。この論文がそういう議論の必要性を感じる1つの切っ掛けになればと思います。

なお、実際の海中では同じ海(例えば1回のダイビングの中で共存するくらいの範囲)に藻場とサンゴ群集が居合わせることはよくあるけれど、いざこれを写真に収めようとすると適した場所はなかなかありません。査読2回目の改訂の際に偶然、この論文で取り上げた全生物要素がバランスよく生息するシンボル的な海(宇和島市津島町田之浜)を訪れることができました。論文のFig.1A中央、プレスリリースの写真1中央の写真は、南方性コンブ類、温帯性ホンダワラ類、南方性ホンダワラ類、南方性サンゴの全要素が凝縮された奇跡の一枚です。
(参照:田之浜の調査でお世話になった、愛媛ダイビングセンターさんのブログでも取り上げていただきました)

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